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消防設備士 乙種第6類 試験 結果発表 [資格取得]
今日は、先日試験を受けた「消防設備士 乙種第6類」の結果発表があります。
消防試験研究センターのホームページで発表されます。
発表は正午からとなっていて、正午になって早速アクセスしてみました。
受験地の都道府県を選んで、受験日と試験種類を選んでクリックすると、
合格者の受験番号一覧が出てきます。
番号の若い順に乗っています。
最初は2番から始まっていました。自分の受験番号を探すのですが、なかなか見つかりません。
そして、ようやく後ろから9番目に私の受験番号がありました。
私の後ろに座っていた人は8人しか合格していません。
私の席は一番前でしたので、かなりの人が座っていたと思うのですが・・・。
合格率からいったら、そんなもんかもしれませんが、なかなか厳しいものです。
今年一つ目の試験でしたので、みそがつかなくてよかったです。
次は、秋のエネルギー管理士試験に向けて頑張ります。
消防試験研究センターのホームページで発表されます。
発表は正午からとなっていて、正午になって早速アクセスしてみました。
受験地の都道府県を選んで、受験日と試験種類を選んでクリックすると、
合格者の受験番号一覧が出てきます。
番号の若い順に乗っています。
最初は2番から始まっていました。自分の受験番号を探すのですが、なかなか見つかりません。
そして、ようやく後ろから9番目に私の受験番号がありました。
私の後ろに座っていた人は8人しか合格していません。
私の席は一番前でしたので、かなりの人が座っていたと思うのですが・・・。
合格率からいったら、そんなもんかもしれませんが、なかなか厳しいものです。
今年一つ目の試験でしたので、みそがつかなくてよかったです。
次は、秋のエネルギー管理士試験に向けて頑張ります。
大和路しだれ桜めぐり [国内旅行]
2012年4月7日(土)曇
今年の花見ツアーは、大和路のしだれ桜めぐりにしました。
今年は寒いので満開の時期を予想するのが難しくて、ツアー申込みをギリギリまで待っていたのですが、残席1つになった時点で申込みをしました。ツアー最終日に近い日を選びました。
が、ネットで開花状況を見ていても、一向に開花する様子もなく気温も上がらず、結局ツアー前日になっても開花せず、想像して楽しまなあかんなぁと思ってツアーに出掛けました。
今回もツアーは人気で、バス3台での出発です。
梅田をスタートして難波、天王寺と参加者をひろっていきます。
が、難波で45分遅れての出発になりました。天王寺からのお客さんは、1時間も寒い中で待たされてめっちゃっ怒っていました。
私は、腹は立たなかったですが、難波で遅れた理由が、駐車場の1階と2階を間違えたとゆうていたのですが、そんなに巨大な駐車場じゃないのに、1階と2階を往復したくらいで45分も遅れるとは納得いかないです。遅れることよりも、嘘をつかれることが嫌です。
なんとなく険悪な雰囲気での出発となってしまいました。

最初に訪れたのは、大宇陀にある又兵衛桜です。
樹齢300年、幹周囲約3m、高さ訳13mの立派な桜です。さあ想像しましょう。満開に咲いている桜を・・・。桜の後ろには桃の花が、手前には菜の花が・・・。なんて美しいんでしょう。
2000年のNHK大河ドラマ『葵徳川三代』のオープニング映像で使用され、有名になったそうです。
本郷の瀧桜ですが、本郷区には戦国武将として活躍した後藤又兵衛がこの地に落ちのび、僧侶となり一生を終えたと言う伝説が残っており、この枝垂れ桜が残る地も、後藤家の屋敷跡にあることから地元では、“又兵衛桜”と呼ばれ親しまれています。
ここでお弁当を食べる予定だったのですが、添乗員さんに寒いのでバスの中で食べるようにと指示されました。桜を見ながらお弁当を食べてビールを飲むのが最高なんですが、桜がなくても外で食べたかったです。どちらか好きな方を選べるようにして欲しかったです。また、駐車場にはトイレもなかったのでビールは諦めました。

大野寺です。

こちらも開花はまだです。しかも、この日は寒くて雪が降っていました。花見ならぬ雪見です。小さな寺なのですが、桜の時期は観光客が押し寄せて、東北からもツアー客が来ていたそうです。遠くから来ている人は、余計に残念だったでしょうね。
大野寺には、もう一つ見所があります。

弥勒磨崖仏です。
鎌倉の初期、承元元年(1207年)興福寺の荘園であった時、宇陀川の対岸に屹立する弥勒磨崖仏の造顕がなされました。発願主は興福寺の雅縁大僧正で、後鳥羽上皇に奏上し、上皇の勅願によって造立されました。
高さ100尺(33m)に近い弥勒巌に、高さ45.5尺(13.8m)の挙身光式の凹みを切り込み、その内面を水磨きして弥勒仏の立像を線刻したものです。宇陀川の対岸は彼岸であり弥勒の浄土をあらわしています。

桜は咲いていませんでしたが、さんしゅゆの花が咲いていて心を和ませてくれました。

奈良公園の近くにある、氷室神社です。
ここは奈良一番桜といわれている神社で、ようやく想像じゃない桜を目にすることが出来ました。


寒さにも関わらず、すごい人出です。
満開の桜が綺麗です。

時間があったので、奈良公園をぶらぶらと歩いて東大寺までやってきました。
中に入る時間はなかったので、外から眺めて戻りました。
奈良公園を訪れたのは、何十年振りかになりますが、中国人観光客がめっちゃっ増えていて時代が変わったなぁと実感しました。
そのあと、お土産屋さんに寄りました。
早くみんなが集合すれば、予定より早く出発すると言われて、早めに駐車場に戻ったのですが、バスがいません。結局、出発予定時刻よりも遅れてバスはやってきました。それなら、早く集合すれば云々はゆうたらあかんやろと思いました。なんだか、段取りの悪い添乗員です。

最後は、郡山城址です。
ここは5分咲きですが、満開に近いところもあり楽しめました。

お城まつりもやっています。
当初は4月8日までの予定だったのですが、開花が遅れていたので15日まで延長になったようです。郡山城址は、日本の桜の名所100選にも選ばれていて、屋台もぎょうさん出ていて、人も多かったです。
郡山城の野面積みの石垣には、平城京羅城門の礎石や石地蔵、五輪塔などがおしげもなく積み込まれています。

さかさ地蔵もこのうちの一つで、石造地蔵菩薩立像が逆さに積み込まれているので「さかさ地蔵」と呼ばれています。地蔵は、左手に宝珠を持ち、右手に錫杖を持っています。仏身は約90cmの立像で大栄三年(1523)癸未七月十八日の刻銘があります。

郡山は金魚が有名ですが、城址にも金魚鉢が置かれていて、気持ちよさそうに泳いでいました。
渋滞がなかったおかげか、出発が45分遅れたにもかかわらず、予定より1時間15分早く大阪に戻ってこられました。
遅れたお詫びとして、奈良のお土産をみんなに配っていました。
添乗員とゆう仕事は大変やと思います。
想像で楽しんだのが半分、目で楽しんだのが半分とゆう桜見物でしたが、春を感じることが出来てよかったです。
今年の花見ツアーは、大和路のしだれ桜めぐりにしました。
今年は寒いので満開の時期を予想するのが難しくて、ツアー申込みをギリギリまで待っていたのですが、残席1つになった時点で申込みをしました。ツアー最終日に近い日を選びました。
が、ネットで開花状況を見ていても、一向に開花する様子もなく気温も上がらず、結局ツアー前日になっても開花せず、想像して楽しまなあかんなぁと思ってツアーに出掛けました。
今回もツアーは人気で、バス3台での出発です。
梅田をスタートして難波、天王寺と参加者をひろっていきます。
が、難波で45分遅れての出発になりました。天王寺からのお客さんは、1時間も寒い中で待たされてめっちゃっ怒っていました。
私は、腹は立たなかったですが、難波で遅れた理由が、駐車場の1階と2階を間違えたとゆうていたのですが、そんなに巨大な駐車場じゃないのに、1階と2階を往復したくらいで45分も遅れるとは納得いかないです。遅れることよりも、嘘をつかれることが嫌です。
なんとなく険悪な雰囲気での出発となってしまいました。

最初に訪れたのは、大宇陀にある又兵衛桜です。
樹齢300年、幹周囲約3m、高さ訳13mの立派な桜です。さあ想像しましょう。満開に咲いている桜を・・・。桜の後ろには桃の花が、手前には菜の花が・・・。なんて美しいんでしょう。
2000年のNHK大河ドラマ『葵徳川三代』のオープニング映像で使用され、有名になったそうです。
本郷の瀧桜ですが、本郷区には戦国武将として活躍した後藤又兵衛がこの地に落ちのび、僧侶となり一生を終えたと言う伝説が残っており、この枝垂れ桜が残る地も、後藤家の屋敷跡にあることから地元では、“又兵衛桜”と呼ばれ親しまれています。
ここでお弁当を食べる予定だったのですが、添乗員さんに寒いのでバスの中で食べるようにと指示されました。桜を見ながらお弁当を食べてビールを飲むのが最高なんですが、桜がなくても外で食べたかったです。どちらか好きな方を選べるようにして欲しかったです。また、駐車場にはトイレもなかったのでビールは諦めました。

大野寺です。

こちらも開花はまだです。しかも、この日は寒くて雪が降っていました。花見ならぬ雪見です。小さな寺なのですが、桜の時期は観光客が押し寄せて、東北からもツアー客が来ていたそうです。遠くから来ている人は、余計に残念だったでしょうね。
大野寺には、もう一つ見所があります。

弥勒磨崖仏です。
鎌倉の初期、承元元年(1207年)興福寺の荘園であった時、宇陀川の対岸に屹立する弥勒磨崖仏の造顕がなされました。発願主は興福寺の雅縁大僧正で、後鳥羽上皇に奏上し、上皇の勅願によって造立されました。
高さ100尺(33m)に近い弥勒巌に、高さ45.5尺(13.8m)の挙身光式の凹みを切り込み、その内面を水磨きして弥勒仏の立像を線刻したものです。宇陀川の対岸は彼岸であり弥勒の浄土をあらわしています。

桜は咲いていませんでしたが、さんしゅゆの花が咲いていて心を和ませてくれました。

奈良公園の近くにある、氷室神社です。
ここは奈良一番桜といわれている神社で、ようやく想像じゃない桜を目にすることが出来ました。


寒さにも関わらず、すごい人出です。
満開の桜が綺麗です。

時間があったので、奈良公園をぶらぶらと歩いて東大寺までやってきました。
中に入る時間はなかったので、外から眺めて戻りました。
奈良公園を訪れたのは、何十年振りかになりますが、中国人観光客がめっちゃっ増えていて時代が変わったなぁと実感しました。
そのあと、お土産屋さんに寄りました。
早くみんなが集合すれば、予定より早く出発すると言われて、早めに駐車場に戻ったのですが、バスがいません。結局、出発予定時刻よりも遅れてバスはやってきました。それなら、早く集合すれば云々はゆうたらあかんやろと思いました。なんだか、段取りの悪い添乗員です。

最後は、郡山城址です。
ここは5分咲きですが、満開に近いところもあり楽しめました。

お城まつりもやっています。
当初は4月8日までの予定だったのですが、開花が遅れていたので15日まで延長になったようです。郡山城址は、日本の桜の名所100選にも選ばれていて、屋台もぎょうさん出ていて、人も多かったです。
郡山城の野面積みの石垣には、平城京羅城門の礎石や石地蔵、五輪塔などがおしげもなく積み込まれています。

さかさ地蔵もこのうちの一つで、石造地蔵菩薩立像が逆さに積み込まれているので「さかさ地蔵」と呼ばれています。地蔵は、左手に宝珠を持ち、右手に錫杖を持っています。仏身は約90cmの立像で大栄三年(1523)癸未七月十八日の刻銘があります。

郡山は金魚が有名ですが、城址にも金魚鉢が置かれていて、気持ちよさそうに泳いでいました。
渋滞がなかったおかげか、出発が45分遅れたにもかかわらず、予定より1時間15分早く大阪に戻ってこられました。
遅れたお詫びとして、奈良のお土産をみんなに配っていました。
添乗員とゆう仕事は大変やと思います。
想像で楽しんだのが半分、目で楽しんだのが半分とゆう桜見物でしたが、春を感じることが出来てよかったです。
備前~播州路 サイクリング [サイクリング]
2012年3月22日(木)曇
以前から行ってみたかった旧閑谷学校に、日帰りサイクリングで行くことに。
2年5ヶ月ぶりのサイクリングです。
自走するには遠いので、折りたたみ自転車のDAHONで輪行していきます。
JR加島駅から尼崎、姫路、相生と乗り換えて、吉永駅に10時過ぎに到着。
運賃は、春の関西1デイパスを利用して2900円+上郡~吉永間の320円です。1デイパスは利用区間は限られますが、1日乗り放題券で、これで帰りも輪行します。
天気予報では、降水確率0%晴となっていたのですが、曇っています。
雨男ぶりが、どうも続いています。

吉永駅から3kmほど走って、旧閑谷学校に到着。
校門です。外側から見たところです。梅が綺麗に咲いています。
入場料は300円。受付で、ガイドテープの無料貸し出しがあったので、借りました。

右側が閑谷神社です。
閑谷学校の創設者である岡山藩主池田光政を祀るために貞享三年(1686年)に建てられたものです。もとは光政の諡(おくりな)にちなんで芳烈祠、または西の聖廟に対して東御堂といわれました。

神社の西側には、聖廟があります。
儒学の始祖孔子を祀っており、孔子廟または西御堂ともいいます。
先生を上に置くために、神社より高い位置に建てられています。
聖廟の前に植えられているのは、楷の木です。中国曲阜の孔子の墓所にある楷樹の種を大正4年に持ち帰り、林業試験場で苗にして移植したものです。

講堂です。
元禄十四年(1701年)の完成で内部は十本の円柱に囲まれた内室と、その周囲の入側からなり外廻りを広縁でとりまいています。材料の吟味と施工が入念になされており、今日に至るまで一分の狂いもみられません。立派な佇まいです。

内堂には入ることが出来ません。
花頭窓から入る光が漆塗りの床に反射して綺麗です。
ここで勉強するのは、喜びでもあり希望でもあったんやろなぁと想像します。
閑谷学校は、今をさかのぼること約340年。時代は封建制度の真っ只中、武士による厳しい民衆支配が行われていた頃の事です。なんとこの時代に日本最古の庶民学校が築かれました。閑谷学校の歴史は、寛文6年(1666年)に備前藩主池田光政公が国内巡視をして、静寂な山ふところに学問の理想郷を思い描いたことに始まります。同8年に光政公はこの地に手習所を設置、ついで同10年には重臣津田永忠によって本格的な学校建設が始まりました。
日本の国宝建造物のほとんどが寺社建築で占められている中、この旧閑谷学校講堂は唯一国宝に指定されている学校建築です。
E381AEE69BB82020E5858BE6988EE5BEB3.jpg)
内堂に飾られている書は、五代藩主、治政の書で「克明徳」です。
儒教の教本「大学」なかの綱領「康詰曰克明徳」からとったものです。
「克」の字は「勝」といふ字に通じて、誠に戦によって人に勝つように、心の利欲・汚穢(けがれ)に勝ち、これを去り、己が徳を明にすべしとの意だそうです。
講堂の屋根にも工夫が凝らされています。
野地板の上に柿葺をして、その上に幅33cm厚さ訳cmの流し板を葺きおろし、その上に備前焼きの瓦を空葺にしています。

また軒先の瓦受けに丸い備前焼のパイプを取り付けていて、万一雨漏りがあってもこのパイプから流し出すための工夫であり、また結露防止機能もあります。しかも瓦受けと流し板の間には、漆止めにして腐食防止、漏水防止もしています。この様な構造を持つ建造物は全国にも例を見ないといわれています。

講堂のそばには、飲室(休憩室)があります。
部屋の中央には炉があります。炉のふちには、「斯爐中炭火之外不許薪火」(この囲炉裏で炭以外を炊くな)と掘り込まれていて、火の使用には厳重な注意が払われていました。

火除け山です。
この山の西側に学舎や学房(寄宿舎)などがあり、そこからの出火が講堂などに及ばないようにするため、防火の目的でつくられた人工の山です。この山のおかげで実際に火事から守られました。

石塀です。
閑谷学校の施設をすべて囲み全長765mにもおよんでいます。石組みが綺麗です。
河内屋治兵衛を棟梁とする石工集団によって築かれたもので「切り込み接ぎ式」の工法が用いられており、元禄十四年(1701年)に完成しました。内部には洗浄した割栗石をつめて排水を助けており、そのおかげで草や苔が生えないようになっています。
火除け山の西側には、資料館があります。
閑谷学校は世界遺産登録を目指していて、署名を募っていました。世界遺産にふさわしいと思って署名したのですが、資料館は蛍光灯が切れているところが沢山あって、これではあかんのんちゃうんと、唯一残念に思いました。

学校から500mほど離れたところに黄葉亭があります。
文化十年(1813年)、武元君立・有吉行蔵,両教授によって建てられた休憩所です。
来訪した頼山陽や管茶山もここで茶を楽しみ酒を汲み交わしたそうです。頼山陽に「黄葉亭記」があるそうです。
さて、サイクリングに戻って日生の町を目指して走ります。
南下して国道250線を走りますが、交通量が多くて大型トラックが多いので、サイクリングとしては、つまらないです。
ほどなく日生に到着。
ここでの目的は、カキオコです。
カキオコとは、牡蠣が入ったお好み焼きです。
日生のお好み焼きは、広島と関西の中間のようなお好み焼きです。今年、姫路で行われたB1グランプリでは9位になったものです。
牡蠣のシーズンは冬場です。
シーズンを過ぎたら、休業する店もあります。シーズン外で開いている店は冷凍牡蠣を使っての営業です。だいたい3月いっぱいくらいで牡蠣のシーズンは終了です。

焼きあがりました。カキオコです。料金は900円なりです。
カキがジューシーで美味しいのですが、お好み焼きが生焼けでした。お好み焼きとしてみたら、残念としかいいようがないです。常連客の人はカキオコではなく、裏メニューの牡蠣とネギを焼いたものを食べてはりました。純粋に牡蠣を味わうなら、そっちのほうがええかもしれません。
中には、俺、牡蠣嫌いやねんとゆうお客さんもいてはりました。
まあ、お好み焼き屋さんですから、ええんですけど・・・。なんか違和感が・・・。
お腹がいっぱいになったところで、瀬戸内の海を眺めながら走ります。
晴れていれば海の眺めがいいのでしょうが、曇っていて景色はイマイチです。
忠臣蔵で有名な播州赤穂に着きました。
忠臣蔵には、ほとんど興味がないですが、時間も早いので、ちょいと観光です。

赤穂大石神社です。
四十七義士の石像がたっています。ガイドさんを伴っての団体さんもいてはりました。忠臣蔵ファンには、たまらない聖地なんでしょうね。
四十七義士が1年10ヶ月の間苦労を重ねお殿様の仇を討ったことにより「大願成就」「心願成就」の神とし人気があるそうです。

大石内蔵助です。

赤穂城址の本丸門です。
慶安元年(1648)から13年の歳月をかけて築かれた赤穂城は、近代城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城だそうです。この中は自転車乗り入れ禁止です。

観光を済ませて、JR播州赤穂駅から輪行で帰ります。
15時過ぎと早い時間帯だったのですが、乗客が多くて大阪までずっと立ちっぱなしでした。
大阪から片道2時間くらいかかるので、ほんの短いサイクリングでしたが、なかなか楽しいサイクリングでした。これで天気がよかったらなぁ~。晴れ男パワーを取り戻したいです。
以前から行ってみたかった旧閑谷学校に、日帰りサイクリングで行くことに。
2年5ヶ月ぶりのサイクリングです。
自走するには遠いので、折りたたみ自転車のDAHONで輪行していきます。
JR加島駅から尼崎、姫路、相生と乗り換えて、吉永駅に10時過ぎに到着。
運賃は、春の関西1デイパスを利用して2900円+上郡~吉永間の320円です。1デイパスは利用区間は限られますが、1日乗り放題券で、これで帰りも輪行します。
天気予報では、降水確率0%晴となっていたのですが、曇っています。
雨男ぶりが、どうも続いています。

吉永駅から3kmほど走って、旧閑谷学校に到着。
校門です。外側から見たところです。梅が綺麗に咲いています。
入場料は300円。受付で、ガイドテープの無料貸し出しがあったので、借りました。

右側が閑谷神社です。
閑谷学校の創設者である岡山藩主池田光政を祀るために貞享三年(1686年)に建てられたものです。もとは光政の諡(おくりな)にちなんで芳烈祠、または西の聖廟に対して東御堂といわれました。

神社の西側には、聖廟があります。
儒学の始祖孔子を祀っており、孔子廟または西御堂ともいいます。
先生を上に置くために、神社より高い位置に建てられています。
聖廟の前に植えられているのは、楷の木です。中国曲阜の孔子の墓所にある楷樹の種を大正4年に持ち帰り、林業試験場で苗にして移植したものです。

講堂です。
元禄十四年(1701年)の完成で内部は十本の円柱に囲まれた内室と、その周囲の入側からなり外廻りを広縁でとりまいています。材料の吟味と施工が入念になされており、今日に至るまで一分の狂いもみられません。立派な佇まいです。

内堂には入ることが出来ません。
花頭窓から入る光が漆塗りの床に反射して綺麗です。
ここで勉強するのは、喜びでもあり希望でもあったんやろなぁと想像します。
閑谷学校は、今をさかのぼること約340年。時代は封建制度の真っ只中、武士による厳しい民衆支配が行われていた頃の事です。なんとこの時代に日本最古の庶民学校が築かれました。閑谷学校の歴史は、寛文6年(1666年)に備前藩主池田光政公が国内巡視をして、静寂な山ふところに学問の理想郷を思い描いたことに始まります。同8年に光政公はこの地に手習所を設置、ついで同10年には重臣津田永忠によって本格的な学校建設が始まりました。
日本の国宝建造物のほとんどが寺社建築で占められている中、この旧閑谷学校講堂は唯一国宝に指定されている学校建築です。
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内堂に飾られている書は、五代藩主、治政の書で「克明徳」です。
儒教の教本「大学」なかの綱領「康詰曰克明徳」からとったものです。
「克」の字は「勝」といふ字に通じて、誠に戦によって人に勝つように、心の利欲・汚穢(けがれ)に勝ち、これを去り、己が徳を明にすべしとの意だそうです。
講堂の屋根にも工夫が凝らされています。
野地板の上に柿葺をして、その上に幅33cm厚さ訳cmの流し板を葺きおろし、その上に備前焼きの瓦を空葺にしています。

また軒先の瓦受けに丸い備前焼のパイプを取り付けていて、万一雨漏りがあってもこのパイプから流し出すための工夫であり、また結露防止機能もあります。しかも瓦受けと流し板の間には、漆止めにして腐食防止、漏水防止もしています。この様な構造を持つ建造物は全国にも例を見ないといわれています。

講堂のそばには、飲室(休憩室)があります。
部屋の中央には炉があります。炉のふちには、「斯爐中炭火之外不許薪火」(この囲炉裏で炭以外を炊くな)と掘り込まれていて、火の使用には厳重な注意が払われていました。

火除け山です。
この山の西側に学舎や学房(寄宿舎)などがあり、そこからの出火が講堂などに及ばないようにするため、防火の目的でつくられた人工の山です。この山のおかげで実際に火事から守られました。

石塀です。
閑谷学校の施設をすべて囲み全長765mにもおよんでいます。石組みが綺麗です。
河内屋治兵衛を棟梁とする石工集団によって築かれたもので「切り込み接ぎ式」の工法が用いられており、元禄十四年(1701年)に完成しました。内部には洗浄した割栗石をつめて排水を助けており、そのおかげで草や苔が生えないようになっています。
火除け山の西側には、資料館があります。
閑谷学校は世界遺産登録を目指していて、署名を募っていました。世界遺産にふさわしいと思って署名したのですが、資料館は蛍光灯が切れているところが沢山あって、これではあかんのんちゃうんと、唯一残念に思いました。

学校から500mほど離れたところに黄葉亭があります。
文化十年(1813年)、武元君立・有吉行蔵,両教授によって建てられた休憩所です。
来訪した頼山陽や管茶山もここで茶を楽しみ酒を汲み交わしたそうです。頼山陽に「黄葉亭記」があるそうです。
さて、サイクリングに戻って日生の町を目指して走ります。
南下して国道250線を走りますが、交通量が多くて大型トラックが多いので、サイクリングとしては、つまらないです。
ほどなく日生に到着。
ここでの目的は、カキオコです。
カキオコとは、牡蠣が入ったお好み焼きです。
日生のお好み焼きは、広島と関西の中間のようなお好み焼きです。今年、姫路で行われたB1グランプリでは9位になったものです。
牡蠣のシーズンは冬場です。
シーズンを過ぎたら、休業する店もあります。シーズン外で開いている店は冷凍牡蠣を使っての営業です。だいたい3月いっぱいくらいで牡蠣のシーズンは終了です。

焼きあがりました。カキオコです。料金は900円なりです。
カキがジューシーで美味しいのですが、お好み焼きが生焼けでした。お好み焼きとしてみたら、残念としかいいようがないです。常連客の人はカキオコではなく、裏メニューの牡蠣とネギを焼いたものを食べてはりました。純粋に牡蠣を味わうなら、そっちのほうがええかもしれません。
中には、俺、牡蠣嫌いやねんとゆうお客さんもいてはりました。
まあ、お好み焼き屋さんですから、ええんですけど・・・。なんか違和感が・・・。
お腹がいっぱいになったところで、瀬戸内の海を眺めながら走ります。
晴れていれば海の眺めがいいのでしょうが、曇っていて景色はイマイチです。
忠臣蔵で有名な播州赤穂に着きました。
忠臣蔵には、ほとんど興味がないですが、時間も早いので、ちょいと観光です。

赤穂大石神社です。
四十七義士の石像がたっています。ガイドさんを伴っての団体さんもいてはりました。忠臣蔵ファンには、たまらない聖地なんでしょうね。
四十七義士が1年10ヶ月の間苦労を重ねお殿様の仇を討ったことにより「大願成就」「心願成就」の神とし人気があるそうです。

大石内蔵助です。

赤穂城址の本丸門です。
慶安元年(1648)から13年の歳月をかけて築かれた赤穂城は、近代城郭史上非常に珍しい変形輪郭式の海岸平城だそうです。この中は自転車乗り入れ禁止です。

観光を済ませて、JR播州赤穂駅から輪行で帰ります。
15時過ぎと早い時間帯だったのですが、乗客が多くて大阪までずっと立ちっぱなしでした。
大阪から片道2時間くらいかかるので、ほんの短いサイクリングでしたが、なかなか楽しいサイクリングでした。これで天気がよかったらなぁ~。晴れ男パワーを取り戻したいです。
消防設備士 乙種第6類 試験 [資格取得]
今日は、消防設備士の試験を受けに行ってきました。
前回の甲種第4類と乙種第7類は、奈良県で受験しましたが、今回は大阪府で受験します。
試験会場は、大阪大学豊中キャンパスです。
自動車または自動二輪での来場は駄目となっていましたが、自転車は駄目とはどこにも書いてありませんでした。東京では、自転車駄目と書いてありました。試験会場の前に駐輪場所がありましたので、自転車での来場はOKのようです。
乙種第6類は、消火器の点検整備などに必要な免許です。
試験科目は筆記が、「機会に関する基礎的知識」が5問、「消防関係法令」が各類共通のもが6問と6類に関するものが4問、「構造機能および点検整備の方法」が機会に関するものが9問と規格に関するものが6問です。それと実技試験として、鑑別等が5問です。
前回の試験のときも言われましたが、科目免除は受けないほうがいいと・・・。今持っている免許では、消防関係法令の各類共通のものが免除を受けることが出来ます。
免除を受けないほうがいいとゆう理由は、その部分で60点以上とれる人の場合です。記憶力に自信はないですが、忘却力に自信のある私は、免除しなければ、その部分を再度勉強しなおす必要があり、その労力を考えたら免除したほうが有利だと思って科目免除を受けました。
合格ラインは、筆記試験の各科目ごとに40%以上で、かつ全体の60%以上と、実技の60%以上が必要となります。
試験会場には9時半までに入らないといけませんが、何人か遅刻していました。
また、ネットで申込んだ人は用紙にプリントアウトしたものを切り取って、貼り合わせないといけないのですが1~2割くらいの人が出来ていなかったです。
でも、そこは親切な日本です。
ちゃんと、はさみと糊を用意してくれています。なんだかなぁーです。
試験開始は10時から11時45分までですが、免除があると試験時間が短くなります。私の場合は11時30分までです。
今回の勉強方法は、いつもどおり過去問を中心にしました。
なかには、見たことのない問題もありました。筆記は、だいたい出来ましたが、実技がちょっと自信がないです。
消防設備士の試験は、試験問題を持って帰ることが出来ないので、自己採点も出来ません。
試験会場は寒かったです。
暖房は試験前は入っていましたが、試験のときは入っていなかったです。寒がりの人は要注意です。
合格発表は、4月25日です。
それまで楽しみに待っています。
前回の甲種第4類と乙種第7類は、奈良県で受験しましたが、今回は大阪府で受験します。
試験会場は、大阪大学豊中キャンパスです。
自動車または自動二輪での来場は駄目となっていましたが、自転車は駄目とはどこにも書いてありませんでした。東京では、自転車駄目と書いてありました。試験会場の前に駐輪場所がありましたので、自転車での来場はOKのようです。
乙種第6類は、消火器の点検整備などに必要な免許です。
試験科目は筆記が、「機会に関する基礎的知識」が5問、「消防関係法令」が各類共通のもが6問と6類に関するものが4問、「構造機能および点検整備の方法」が機会に関するものが9問と規格に関するものが6問です。それと実技試験として、鑑別等が5問です。
前回の試験のときも言われましたが、科目免除は受けないほうがいいと・・・。今持っている免許では、消防関係法令の各類共通のものが免除を受けることが出来ます。
免除を受けないほうがいいとゆう理由は、その部分で60点以上とれる人の場合です。記憶力に自信はないですが、忘却力に自信のある私は、免除しなければ、その部分を再度勉強しなおす必要があり、その労力を考えたら免除したほうが有利だと思って科目免除を受けました。
合格ラインは、筆記試験の各科目ごとに40%以上で、かつ全体の60%以上と、実技の60%以上が必要となります。
試験会場には9時半までに入らないといけませんが、何人か遅刻していました。
また、ネットで申込んだ人は用紙にプリントアウトしたものを切り取って、貼り合わせないといけないのですが1~2割くらいの人が出来ていなかったです。
でも、そこは親切な日本です。
ちゃんと、はさみと糊を用意してくれています。なんだかなぁーです。
試験開始は10時から11時45分までですが、免除があると試験時間が短くなります。私の場合は11時30分までです。
今回の勉強方法は、いつもどおり過去問を中心にしました。
なかには、見たことのない問題もありました。筆記は、だいたい出来ましたが、実技がちょっと自信がないです。
消防設備士の試験は、試験問題を持って帰ることが出来ないので、自己採点も出来ません。
試験会場は寒かったです。
暖房は試験前は入っていましたが、試験のときは入っていなかったです。寒がりの人は要注意です。
合格発表は、4月25日です。
それまで楽しみに待っています。
寝台特急ブルートレイン「日本海」で東北 [国内旅行]
2012年2月24日(金)雪のち晴
秋田~岩手~宮城

ホテルの前には、かまくらが作られています。
入りに行こうかなと思っていたのですが、朝から吹雪でやめました。

バスが雪にはまってしまって身動きがとれなくなってしまいました。ホテルの本館から雪が少ない東館まで移動してバスを待ちます。急遽、除雪車で雪をかいて10分ほど遅れてホテルを出発です。夜の間にだいぶ積もったようで、それやったら早くから除雪車を出して、ホテルから通行道まで除雪しとかなあかんのんちゃうんかなと思います。
ようやく出発したと思ったら、1本道で2台の車がスリップして通行できなくなっています。どんどんと後続に車が詰まってきて、運転手やら総動員で2台の車を脇に押しやって、どうにか通行できるようになりました。20分ほどロスしてしまった為、今日の観光予定に入っていた南部鉄器工房の見学は割愛となってしまいました。楽しみにしていたので残念です。中には中尊寺を割愛せえとゆう人もいてはりました。もうすでに見たことがある人でしょうね。
とゆうわけで、とりあえず最初の見学地の田沢湖に向かいます。


田沢湖は、水深423.4mで日本一、世界では17番目に深い湖です。この深さゆえに真冬でも湖面が凍り付くことはありません。
1940年に発電所を建設して、発電のために玉川温泉から強酸性の水を導入した結果、田沢湖の魚類はほぼ死滅してしまい、固有種であったクニマスは絶滅してしまいました。豊かさを追求したあまり、大切なものを失ってしまったとゆう一つの例ですね。
そのクニマスが、さかなクンたちのおかげで、山梨県西湖で生息しているのが約70年振りに確認されました。田沢湖レストハウスには、さかなクンのメッセージも飾られていました。
田沢湖は韓国ドラマのアイリスの撮影が行われたところでもあります。
それ以来、韓国からの観光客が増えたそうです。そんなふうに海外からの観光客が増えるのは嬉しいのですが、日本のドラマや映画の求心力が弱くなっているように感じるのは、私だけでしょうか。

雪はトラブルも引き起こしますが、綺麗な風景で楽しませてもくれます。
田沢湖からの移動中、高速道路を走っていて工事中のところがあったのですが、どんどん割り込みさせて本線より割り込みの車のほうがサクサクと進むとゆう大阪では信じられない光景を目にして、東北の人はのんびりとしているんやなぁと感心しました。1台の車が4台くらい割り込ませてから自分が進んでいるくらいのペースでした。

岩手県平泉まで移動して中尊寺の麓で昼食です。
昼食はツアーに頼んで精進料理にしました。

東北応援ツアーですので、ビールで応援します。
「平泉世界遺産」ラベルのビールです。売り上げ1本につき1円が岩手県に寄付されるようになっています。
がんばろう東北!がんばろう肝臓!
精進料理は、量は少ないし味もいまいちでした。
これで1200円は、ちょっと勿体ないです。
中尊寺の参詣道は、登り坂になっていますので、行きはバスで送ってもらいました。

先ずは、金色堂からお参りです。
新覆堂です。この中に金色堂があります。写真撮影は禁止です。
柱や長押にいたるまで、白く光る夜行貝の細工(螺鈿)、透かし彫りの金具・漆の蒔絵と、平安時代後期の工芸技術を結集して作られています。平安仏教美術の煌びやかさと、それを具現する技術の素晴らしさ細やかさに驚かされます。
新覆堂の近くにある讃衡蔵では、国宝や重要文化財が展示されていて、金色堂の修復作業の様子がビデオ放映されています。修復作業の様子がよく分かって興味深かったですが、ここでも時間がなくて途中までしか見られませんでした。

金色堂の近くには、松尾芭蕉の像が立っていました。
奥州藤原氏が滅亡して500年目にあたる元禄2年(1689)、「奥の細道」の旅に出ます。細道のはて平泉を訪れた芭蕉は、丘の頂きに登り忽然とあらわれる風景を見ました。そこには往時の栄華はなく、旧跡は田野となってひろがっているばかりでした。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」、と詠みました。
あとは、月見坂を下りながら見学していきます。


中尊寺の本殿です。
ご本尊は、阿弥陀如来です。

弁慶堂です。
中に弁慶の像がありますが、写真撮影禁止です。

麓まで下ったところに、「芭蕉 奥の細道紀行 奥州岩手路最北端 折返地」と刻まれた平泉の碑がありました。

その近くに、力持ちの弁慶にちなんだ弁慶力石があります。
平泉では、160キロの鏡もちを担ぎ歩いた距離を競う、弁慶力餅競技大会が開かれています。力自慢の方は是非どうぞ。
中尊寺の見学を終えて、宮城県仙台駅まで向かいます。
行きは寝台特急でしたが、帰りは現代の特急、新幹線で帰ります。
仙台駅で少しだけ時間があったので駅前をぷらぷらしました。

仙台駅前の通りにはガス灯があります。

その中のいくつかには、伊達政宗公の騎馬像があります。興味のある方は、探してみましょう。
東北新幹線「やまびこ」で東京まで、東京で山陽新幹線「ひかり」に乗り換えて、新大阪まで5時間41分の旅です。新幹線を使っても東北は遠いです。
鉄っちゃん達は、帰りの東北新幹線もカメラに収めていましたが、さすがに山陽新幹線は飽きているのか写真を撮っている人はいませんでした。
秋田~岩手~宮城

ホテルの前には、かまくらが作られています。
入りに行こうかなと思っていたのですが、朝から吹雪でやめました。

バスが雪にはまってしまって身動きがとれなくなってしまいました。ホテルの本館から雪が少ない東館まで移動してバスを待ちます。急遽、除雪車で雪をかいて10分ほど遅れてホテルを出発です。夜の間にだいぶ積もったようで、それやったら早くから除雪車を出して、ホテルから通行道まで除雪しとかなあかんのんちゃうんかなと思います。
ようやく出発したと思ったら、1本道で2台の車がスリップして通行できなくなっています。どんどんと後続に車が詰まってきて、運転手やら総動員で2台の車を脇に押しやって、どうにか通行できるようになりました。20分ほどロスしてしまった為、今日の観光予定に入っていた南部鉄器工房の見学は割愛となってしまいました。楽しみにしていたので残念です。中には中尊寺を割愛せえとゆう人もいてはりました。もうすでに見たことがある人でしょうね。
とゆうわけで、とりあえず最初の見学地の田沢湖に向かいます。


田沢湖は、水深423.4mで日本一、世界では17番目に深い湖です。この深さゆえに真冬でも湖面が凍り付くことはありません。
1940年に発電所を建設して、発電のために玉川温泉から強酸性の水を導入した結果、田沢湖の魚類はほぼ死滅してしまい、固有種であったクニマスは絶滅してしまいました。豊かさを追求したあまり、大切なものを失ってしまったとゆう一つの例ですね。
そのクニマスが、さかなクンたちのおかげで、山梨県西湖で生息しているのが約70年振りに確認されました。田沢湖レストハウスには、さかなクンのメッセージも飾られていました。
田沢湖は韓国ドラマのアイリスの撮影が行われたところでもあります。
それ以来、韓国からの観光客が増えたそうです。そんなふうに海外からの観光客が増えるのは嬉しいのですが、日本のドラマや映画の求心力が弱くなっているように感じるのは、私だけでしょうか。

雪はトラブルも引き起こしますが、綺麗な風景で楽しませてもくれます。
田沢湖からの移動中、高速道路を走っていて工事中のところがあったのですが、どんどん割り込みさせて本線より割り込みの車のほうがサクサクと進むとゆう大阪では信じられない光景を目にして、東北の人はのんびりとしているんやなぁと感心しました。1台の車が4台くらい割り込ませてから自分が進んでいるくらいのペースでした。

岩手県平泉まで移動して中尊寺の麓で昼食です。
昼食はツアーに頼んで精進料理にしました。

東北応援ツアーですので、ビールで応援します。
「平泉世界遺産」ラベルのビールです。売り上げ1本につき1円が岩手県に寄付されるようになっています。
がんばろう東北!がんばろう肝臓!
精進料理は、量は少ないし味もいまいちでした。
これで1200円は、ちょっと勿体ないです。
中尊寺の参詣道は、登り坂になっていますので、行きはバスで送ってもらいました。

先ずは、金色堂からお参りです。
新覆堂です。この中に金色堂があります。写真撮影は禁止です。
柱や長押にいたるまで、白く光る夜行貝の細工(螺鈿)、透かし彫りの金具・漆の蒔絵と、平安時代後期の工芸技術を結集して作られています。平安仏教美術の煌びやかさと、それを具現する技術の素晴らしさ細やかさに驚かされます。
新覆堂の近くにある讃衡蔵では、国宝や重要文化財が展示されていて、金色堂の修復作業の様子がビデオ放映されています。修復作業の様子がよく分かって興味深かったですが、ここでも時間がなくて途中までしか見られませんでした。

金色堂の近くには、松尾芭蕉の像が立っていました。
奥州藤原氏が滅亡して500年目にあたる元禄2年(1689)、「奥の細道」の旅に出ます。細道のはて平泉を訪れた芭蕉は、丘の頂きに登り忽然とあらわれる風景を見ました。そこには往時の栄華はなく、旧跡は田野となってひろがっているばかりでした。
「夏草や 兵どもが 夢の跡」、と詠みました。
あとは、月見坂を下りながら見学していきます。


中尊寺の本殿です。
ご本尊は、阿弥陀如来です。

弁慶堂です。
中に弁慶の像がありますが、写真撮影禁止です。

麓まで下ったところに、「芭蕉 奥の細道紀行 奥州岩手路最北端 折返地」と刻まれた平泉の碑がありました。

その近くに、力持ちの弁慶にちなんだ弁慶力石があります。
平泉では、160キロの鏡もちを担ぎ歩いた距離を競う、弁慶力餅競技大会が開かれています。力自慢の方は是非どうぞ。
中尊寺の見学を終えて、宮城県仙台駅まで向かいます。
行きは寝台特急でしたが、帰りは現代の特急、新幹線で帰ります。
仙台駅で少しだけ時間があったので駅前をぷらぷらしました。

仙台駅前の通りにはガス灯があります。

その中のいくつかには、伊達政宗公の騎馬像があります。興味のある方は、探してみましょう。
東北新幹線「やまびこ」で東京まで、東京で山陽新幹線「ひかり」に乗り換えて、新大阪まで5時間41分の旅です。新幹線を使っても東北は遠いです。
鉄っちゃん達は、帰りの東北新幹線もカメラに収めていましたが、さすがに山陽新幹線は飽きているのか写真を撮っている人はいませんでした。
寝台特急ブルートレイン「日本海」で東北 [国内旅行]
2012年2月23日(木)雪のち雨
青森~秋田
今回のツアーでは、バスガイドさんがついています。
ガイドさんの説明を聞きながら、津軽鉄道のストーブ列車に乗りに行きます。途中、運転者さんが道を間違えてしまいましたが、なんとか出発時間に間に合いました。
津軽鉄道は、日本最北の民間鉄道です。
津軽中里駅から津軽五所川原駅までを結んで走っています。ストーブ列車は12月1日から3月31日まで運行していて、1日2往復の運行のみとなっています。

津軽中里駅は、津軽鉄道の最北の駅です。
終点の津軽五所川原まで乗ると45分ですが、今回は金木までの15分間の乗車です。

車内では、ダルマストーブがごうごうと燃えています。

ストーブの上には網が乗せてあって、車内で販売しているスルメを焼いてくれます。

他にもストーブどら焼きなんてのも売っていました。15分とちょっと世話しないので、スルメはパスしました。

あっとゆう間の15分で、金木に到着。
乗るときは時間がなかったので、列車の前に回ってパチリと記念撮影。

ストーブ列車のほかに、走れメロス号も連結していました。夏は風鈴列車、秋の鈴虫列車も運行されています。地元の人達は津軽鉄道のことを「ツテツ」と呼んで親しんでいるようです。
バスは先回りして待っていてくれました。
この頃から雪が雨に変わってきました。だいぶ寒さが和らいでいるようです。

昼食は、「津軽そば」にしました。
どんなそばかなと思っていました。一見すると普通のそばですが、食べてみたら普通のそばでした。
昼食後は自由時間です。
津軽三味線会館も見たかったのですが、私は太宰治ファンなので斜陽館を見に行きます。
斜陽館は太宰治の生家で、今は太宰治記念館として利用されています。
明治の大地主、津島源右衛門(太宰治の父)が建築した入母屋造りの建物で、明治40年6月に落成しました。階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園などを合わせて宅地約680坪の豪邸です。

太宰は、この家を「苦悩の年鑑」の中で「この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである」と書いています。
戦後になって津島家が手放し、昭和25年から旅館「斜陽館」として利用されていましたが、平成8年3月に旧金木町が買い取り、平成10年4月から記念館として開放されています。
ガイドさんの案内で見学していきます。

入ってすぐの土間です。
間口4.5m、奥行き22mあります。これだけでも圧倒されるような大きさです。

2階にある洋間です。
背の低い椅子がありますが、なぜでしょうとガイドさんに聞かれましたが、分かりませんでした。答えは、和服の人が正座をして座って洋服の人と同じ高さになるように作られているからです。明治とゆう時代を感じます。

2階の和室です。
斜陽の間です。奥の襖に、漢詩が書かれています。左から2枚目の襖の下には「斜陽」の文字があり、ここから小説の名前をとったと言われています。

金屏風の間です。
賓客をもてなした間です。

こちらの和室には襖絵が描かれていて、右側から春夏秋冬を現しています。

1階に戻って、和室が4室隣接しています。
襖を外すと63畳の大広間になります。

4は死に通ずるとゆうことで、はめ殺しの襖が設けられています。ただ、柱は外せるようになっていて、襖を外すことが出来ます。縁起もんなんでしょうね。
ガイドさんの説明は30分くらいですが、私は他の展示品や一人で回ったりして1時間あまり見ていました。それでも、もっと見ていたかったです。斜陽館の近くには、太宰治が疎開していた家があって公開されていて、そちらも見たかったのですが、時間が全然足りませんでした。津軽三味線も残念でした。30分30分くらいで両方見た人もいてはりました。

今回の旅は、とにかく移動が長いです。
金木から今晩の宿の秋田県の田沢湖まで、ひた走ります。宿に着いたのは19時を少し回っていました。
ホテルのロビーには、秋田竿燈まつりの提燈をもしたものが飾られています。実際のものは、もっと大きいそうです。

すぐに夕食です。
夕食は、小鉢・刺身・牛タン煮込み・鰈の焼き物・ポーク陶板焼き・きりたんぽ鍋・舞茸釜飯・香の物・デザートとなっていて豪勢です。東北応援ツアーとゆうことで、田沢湖の生地ビールを注文しました。今回の旅は、ブルートレインとゆうことで鉄子さん、鉄っちゃんも多いのですが、彼らは飲まないですね。私の友達にも何人か鉄っちゃんがいてますが、飲まないです。飲まない人が多いのですかね。

メインのきりたんぽ鍋です。きりたんぽ鍋は、初めて食べます。
きりたんぽは、つぶした粳米のご飯を竹輪のように杉の棒に巻き付けて焼き、棒から外して食べやすく切ったものです。秋田では、学校給食にも出てくるそうです。
味は想像通りの味で、普通です。
田沢湖温泉は、泉質は硫黄泉です。
動脈硬化、高血圧、糖尿病、慢性皮膚病に効能があるといわれています。


温泉のあとは、ホテルのロビーで民謡ショーと津軽三味線ショーがありました。
昼間、津軽三味線を聴くことが出来なかったので嬉しかったです。
青森~秋田
今回のツアーでは、バスガイドさんがついています。
ガイドさんの説明を聞きながら、津軽鉄道のストーブ列車に乗りに行きます。途中、運転者さんが道を間違えてしまいましたが、なんとか出発時間に間に合いました。
津軽鉄道は、日本最北の民間鉄道です。
津軽中里駅から津軽五所川原駅までを結んで走っています。ストーブ列車は12月1日から3月31日まで運行していて、1日2往復の運行のみとなっています。

津軽中里駅は、津軽鉄道の最北の駅です。
終点の津軽五所川原まで乗ると45分ですが、今回は金木までの15分間の乗車です。

車内では、ダルマストーブがごうごうと燃えています。

ストーブの上には網が乗せてあって、車内で販売しているスルメを焼いてくれます。

他にもストーブどら焼きなんてのも売っていました。15分とちょっと世話しないので、スルメはパスしました。

あっとゆう間の15分で、金木に到着。
乗るときは時間がなかったので、列車の前に回ってパチリと記念撮影。

ストーブ列車のほかに、走れメロス号も連結していました。夏は風鈴列車、秋の鈴虫列車も運行されています。地元の人達は津軽鉄道のことを「ツテツ」と呼んで親しんでいるようです。
バスは先回りして待っていてくれました。
この頃から雪が雨に変わってきました。だいぶ寒さが和らいでいるようです。

昼食は、「津軽そば」にしました。
どんなそばかなと思っていました。一見すると普通のそばですが、食べてみたら普通のそばでした。
昼食後は自由時間です。
津軽三味線会館も見たかったのですが、私は太宰治ファンなので斜陽館を見に行きます。
斜陽館は太宰治の生家で、今は太宰治記念館として利用されています。
明治の大地主、津島源右衛門(太宰治の父)が建築した入母屋造りの建物で、明治40年6月に落成しました。階下11室278坪、2階8室116坪、付属建物や泉水を配した庭園などを合わせて宅地約680坪の豪邸です。

太宰は、この家を「苦悩の年鑑」の中で「この父はひどく大きい家を建てたものだ。風情も何もないただ大きいのである」と書いています。
戦後になって津島家が手放し、昭和25年から旅館「斜陽館」として利用されていましたが、平成8年3月に旧金木町が買い取り、平成10年4月から記念館として開放されています。
ガイドさんの案内で見学していきます。

入ってすぐの土間です。
間口4.5m、奥行き22mあります。これだけでも圧倒されるような大きさです。

2階にある洋間です。
背の低い椅子がありますが、なぜでしょうとガイドさんに聞かれましたが、分かりませんでした。答えは、和服の人が正座をして座って洋服の人と同じ高さになるように作られているからです。明治とゆう時代を感じます。

2階の和室です。
斜陽の間です。奥の襖に、漢詩が書かれています。左から2枚目の襖の下には「斜陽」の文字があり、ここから小説の名前をとったと言われています。

金屏風の間です。
賓客をもてなした間です。

こちらの和室には襖絵が描かれていて、右側から春夏秋冬を現しています。

1階に戻って、和室が4室隣接しています。
襖を外すと63畳の大広間になります。

4は死に通ずるとゆうことで、はめ殺しの襖が設けられています。ただ、柱は外せるようになっていて、襖を外すことが出来ます。縁起もんなんでしょうね。
ガイドさんの説明は30分くらいですが、私は他の展示品や一人で回ったりして1時間あまり見ていました。それでも、もっと見ていたかったです。斜陽館の近くには、太宰治が疎開していた家があって公開されていて、そちらも見たかったのですが、時間が全然足りませんでした。津軽三味線も残念でした。30分30分くらいで両方見た人もいてはりました。

今回の旅は、とにかく移動が長いです。
金木から今晩の宿の秋田県の田沢湖まで、ひた走ります。宿に着いたのは19時を少し回っていました。
ホテルのロビーには、秋田竿燈まつりの提燈をもしたものが飾られています。実際のものは、もっと大きいそうです。

すぐに夕食です。
夕食は、小鉢・刺身・牛タン煮込み・鰈の焼き物・ポーク陶板焼き・きりたんぽ鍋・舞茸釜飯・香の物・デザートとなっていて豪勢です。東北応援ツアーとゆうことで、田沢湖の生地ビールを注文しました。今回の旅は、ブルートレインとゆうことで鉄子さん、鉄っちゃんも多いのですが、彼らは飲まないですね。私の友達にも何人か鉄っちゃんがいてますが、飲まないです。飲まない人が多いのですかね。

メインのきりたんぽ鍋です。きりたんぽ鍋は、初めて食べます。
きりたんぽは、つぶした粳米のご飯を竹輪のように杉の棒に巻き付けて焼き、棒から外して食べやすく切ったものです。秋田では、学校給食にも出てくるそうです。
味は想像通りの味で、普通です。
田沢湖温泉は、泉質は硫黄泉です。
動脈硬化、高血圧、糖尿病、慢性皮膚病に効能があるといわれています。


温泉のあとは、ホテルのロビーで民謡ショーと津軽三味線ショーがありました。
昼間、津軽三味線を聴くことが出来なかったので嬉しかったです。
寝台特急ブルートレイン「日本海」で東北 [国内旅行]
2012年2月22日(水)
大阪~青森移動(寝台特急ブルートレイン「日本海」)
どこかに旅行へ行きたいなと思っていて、この時期やっぱり東北を応援したいとゆう気持ちが強くて東北方面への旅行をネットで調べていたらブルートレインを利用した東北へのツアーがあり、有休を使って2泊3日の旅に出ることに。

寝台列車ブルートレイン「日本海」は、大阪駅を17時47分に出発します。
大阪駅でいったん集合します。今回のツアーは41人の参加です。ツアーにしては珍しく、一人参加が4分の1くらいいてます。

ツアーの場合、ゆっくりとしたペースでの移動となりますので、ホームに入ってきたブルートレインをゆっくりとカメラに収める時間がなくて、みんな慌ただしく撮影しています。

ブルートレインにはA寝台とB寝台がありますが、今回はB寝台での利用です。

B寝台は上下2段の2列になっています。私は上段です。下段の方がもちろん景色がいいのですが、個人客が乗っています。早くから予約して取らはったのでしょう。一組は母息子のカップルで、鉄子さん鉄っちゃんの親子が多いのか少ないのかは知りませんが、同じ趣味があって親子で旅に出るとゆうのはええことやと思います。

定刻どおり、青森に向けて出発です。
駅のホームにもブルートレインをカメラに収めようとする鉄っちゃんでいっぱいです。
ブルートレインは、かなり揺れますが、宿直明けで眠たかったので気にならずに朝まで熟睡していました。

目を覚まして窓の外を見れば、雪原の中をひた走っています。

定刻どおり8時45分に終点、青森駅に着きました。
駅近くのところで朝食と入浴です。お風呂から出てきたら、外は雪になっていました。
大阪~青森移動(寝台特急ブルートレイン「日本海」)
どこかに旅行へ行きたいなと思っていて、この時期やっぱり東北を応援したいとゆう気持ちが強くて東北方面への旅行をネットで調べていたらブルートレインを利用した東北へのツアーがあり、有休を使って2泊3日の旅に出ることに。

寝台列車ブルートレイン「日本海」は、大阪駅を17時47分に出発します。
大阪駅でいったん集合します。今回のツアーは41人の参加です。ツアーにしては珍しく、一人参加が4分の1くらいいてます。

ツアーの場合、ゆっくりとしたペースでの移動となりますので、ホームに入ってきたブルートレインをゆっくりとカメラに収める時間がなくて、みんな慌ただしく撮影しています。

ブルートレインにはA寝台とB寝台がありますが、今回はB寝台での利用です。

B寝台は上下2段の2列になっています。私は上段です。下段の方がもちろん景色がいいのですが、個人客が乗っています。早くから予約して取らはったのでしょう。一組は母息子のカップルで、鉄子さん鉄っちゃんの親子が多いのか少ないのかは知りませんが、同じ趣味があって親子で旅に出るとゆうのはええことやと思います。

定刻どおり、青森に向けて出発です。
駅のホームにもブルートレインをカメラに収めようとする鉄っちゃんでいっぱいです。
ブルートレインは、かなり揺れますが、宿直明けで眠たかったので気にならずに朝まで熟睡していました。

目を覚まして窓の外を見れば、雪原の中をひた走っています。

定刻どおり8時45分に終点、青森駅に着きました。
駅近くのところで朝食と入浴です。お風呂から出てきたら、外は雪になっていました。
和歌山「クエ」尽くし [国内旅行]
2012年2月15日(水)曇のち雨
以前ラジオで、一番美味しい食べ物はクエだとゆう話しを聞いて、クエを食べたいなと思っていたのですが、クエは大阪ではキロ1万以上するそうで、とても手が出えへんなぁと思っていたら、バスツアーでクエが食べられるツアーを見つけて行くことにしました。
7時15分に集合です。
集客がよくて7時半の出発予定よりも早く出発できました。
このツアーは人気で、今日は3台のバスが出ています。多いときは4台のときもあるそうです。クエが、そんなに人気があるとは知りませんでした。ツアーの名前は、「クエ」尽くしを本場・和歌山で食らう!とゆうなんとも直截なネーミングです。
グルメ+お花ツアーでもありますので、まずはお花を見に行きます。
最初は、由良町にある白崎青少年の家を訪れます。

八重咲き水仙とゆう花びらが八重になっている水仙が自生しています。

見頃を過ぎて黄色くなってきているとゆうことですが、なかなか綺麗です。

番所山とゆうところに自生しています。
眼下には紀伊水道が広がっていてます。天気がよければ淡路島や明石海峡大橋まで見えるそうです。
3台のバスが昼食開場に殺到してもまずいので、私たちのバスはあとから食事することにしてもう1ヶ所、花を見に行きます。

名田にある観光農園のスターチスです。
私は花には疎くて、スターチスの名前も初めて聞きました。小さくて可愛い花です。ドライフラワーによく用いられるそうです。


他にもラナンキュラスやスイートピーが咲いていました。
いちご狩りもやっているのですが、人気がありすぎてほとんど食べられたあとでした。
さて、お腹も減ったところで待ちに待った「クエ」尽くしを食らいましょう。
クエは漢字で書くと九絵と書くとゆうのは知りませんでした。体に不規則な模様があるので、そう呼ばれるそうです。博多では「あら」とゆうそうで、大相撲九州場所のときは関取衆が「あら鍋」を楽しみにするそうです。和歌山では、近畿大学が養殖に成功して安定して供給されているそうで、今回のツアーで出たものは養殖でしょうね。

それでも確かにこの味は他の魚では、ない味ですね。鍋と薄作り、お寿司、天麩羅、茶碗蒸しと量は少ないですが、いろいろと味わえて美味しかったです。鍋が一番よかったですね。皮のところのゼラチンが美味しかったです。バスで隣に座っていた男性は、お腹の調子が悪くて食べられへんかったとゆうてました。お気の毒さまです。
食事のあとは、レストランのすぐ近くにある「安珍清姫」伝説で有名な道成寺を参詣しました。名前はよく聞きますが、初めて訪れました。

仁王門にいたる62段の階段があるのですが、「のぼりやすく、おりやすい」と言われています。階段の左右が逆ハの字になっていて、遠近法でそう感じるそうで面白かったです。

本殿と三重塔です。
名前は有名ですが、質素なつくりで落ち着いた雰囲気です。
最後は、これも有名な南部梅林に行きます。
地元の人に聞いたら、半月早いと言われました。こんなに開花が遅いのは、非常に珍しいとおっしゃってました。山の斜面には、いたるところに梅の木があって、満開になったらさぞ綺麗だろうなと想像して楽しみました。


早咲きの梅が、少しだけ咲いていました。
春にはちょっとまだ早かったですが、それでも大阪よりは、だいぶ暖かく感じました。
今回は、梅がほとんど開花していなかったのと、出発も早かったし途中の集合も早くてスムーズに行程が進んで、予定よりも2時間20分早く大阪に戻ってきました。バスツアーで、こんなに予定より早く行程が進んだのは初めてでした。
南部梅林、機会があれば満開のときに行ってみたいです。
以前ラジオで、一番美味しい食べ物はクエだとゆう話しを聞いて、クエを食べたいなと思っていたのですが、クエは大阪ではキロ1万以上するそうで、とても手が出えへんなぁと思っていたら、バスツアーでクエが食べられるツアーを見つけて行くことにしました。
7時15分に集合です。
集客がよくて7時半の出発予定よりも早く出発できました。
このツアーは人気で、今日は3台のバスが出ています。多いときは4台のときもあるそうです。クエが、そんなに人気があるとは知りませんでした。ツアーの名前は、「クエ」尽くしを本場・和歌山で食らう!とゆうなんとも直截なネーミングです。
グルメ+お花ツアーでもありますので、まずはお花を見に行きます。
最初は、由良町にある白崎青少年の家を訪れます。

八重咲き水仙とゆう花びらが八重になっている水仙が自生しています。

見頃を過ぎて黄色くなってきているとゆうことですが、なかなか綺麗です。

番所山とゆうところに自生しています。
眼下には紀伊水道が広がっていてます。天気がよければ淡路島や明石海峡大橋まで見えるそうです。
3台のバスが昼食開場に殺到してもまずいので、私たちのバスはあとから食事することにしてもう1ヶ所、花を見に行きます。

名田にある観光農園のスターチスです。
私は花には疎くて、スターチスの名前も初めて聞きました。小さくて可愛い花です。ドライフラワーによく用いられるそうです。


他にもラナンキュラスやスイートピーが咲いていました。
いちご狩りもやっているのですが、人気がありすぎてほとんど食べられたあとでした。
さて、お腹も減ったところで待ちに待った「クエ」尽くしを食らいましょう。
クエは漢字で書くと九絵と書くとゆうのは知りませんでした。体に不規則な模様があるので、そう呼ばれるそうです。博多では「あら」とゆうそうで、大相撲九州場所のときは関取衆が「あら鍋」を楽しみにするそうです。和歌山では、近畿大学が養殖に成功して安定して供給されているそうで、今回のツアーで出たものは養殖でしょうね。

それでも確かにこの味は他の魚では、ない味ですね。鍋と薄作り、お寿司、天麩羅、茶碗蒸しと量は少ないですが、いろいろと味わえて美味しかったです。鍋が一番よかったですね。皮のところのゼラチンが美味しかったです。バスで隣に座っていた男性は、お腹の調子が悪くて食べられへんかったとゆうてました。お気の毒さまです。
食事のあとは、レストランのすぐ近くにある「安珍清姫」伝説で有名な道成寺を参詣しました。名前はよく聞きますが、初めて訪れました。

仁王門にいたる62段の階段があるのですが、「のぼりやすく、おりやすい」と言われています。階段の左右が逆ハの字になっていて、遠近法でそう感じるそうで面白かったです。

本殿と三重塔です。
名前は有名ですが、質素なつくりで落ち着いた雰囲気です。
最後は、これも有名な南部梅林に行きます。
地元の人に聞いたら、半月早いと言われました。こんなに開花が遅いのは、非常に珍しいとおっしゃってました。山の斜面には、いたるところに梅の木があって、満開になったらさぞ綺麗だろうなと想像して楽しみました。


早咲きの梅が、少しだけ咲いていました。
春にはちょっとまだ早かったですが、それでも大阪よりは、だいぶ暖かく感じました。
今回は、梅がほとんど開花していなかったのと、出発も早かったし途中の集合も早くてスムーズに行程が進んで、予定よりも2時間20分早く大阪に戻ってきました。バスツアーで、こんなに予定より早く行程が進んだのは初めてでした。
南部梅林、機会があれば満開のときに行ってみたいです。
年越しオールナイト落語会 [落語]
2011年12月31日の年越しオールナイト落語会に行ってきました。
場所は、天神橋筋六丁目の「音太小屋」です。
私は、オールナイト落語会は初めての参加です。
桂あやめさんが、離婚をして年末を淋しく過ごすのがいやで始まった落語会だそうで、
今回で21回目になります。
私の前に座っていたカップルが、いちゃいちゃしていて舞台が見にくくて困りました。
男性が女性に、落語家さんがしゃべる前にネタを女性に説明するのも、どうかなと思いました。
私が、女性なら説明せんといてといいますけど・・・。
いちゃいちゃしたいなら、一番後ろの席に座ってほしいです。
進行は以下のとおりです。
20:00 オープニング
20:05「新作・改作ラクゴ!」
桂三金
旭堂南湖
林家和女30周年記念の歌「あんまりあなたが好きなので」(映像アリ)
林家花丸
桂三風
林家和女さんが可愛かったです。
~休憩①~
21:30「笑福亭三つ重ね」
笑福亭たま
笑福亭鶴笑
笑福亭松枝
松枝さんは、昨年も鶴笑のあとでとぼやいておられました。
~休憩②~
22:30「鹿芝居<芝浜>」
林家小染ほか
芝浜といえば、立川淡志さんです。
小染さんが、淡志さんの物まねをされていました。
22:50「はなしか紅白歌合戦!」
★AKB48、少女時代、アンジェラアキ、坂本冬美、タカラジェンヌ、
由紀さおり、美輪明宏、松田聖子などなど…
強烈な個性の紅白歌合戦です。
ほとんどが紅組の出演でしたが、最後に出てきた白組の歌が面白くて、
白組の優勝でした。
23:40「108つ!除夜の鐘小噺」
下ネタ連発の小噺で年末らしい?です。
108つの小噺を聴いて、飲み物が配られて、みんなでカウントダウンして、
あけましておめでと~!です。
0:00「カウントダウン」
~休憩③~
0:10「おめでた演芸タイム」
0:20「干支落語<たつ>
林家小染
林家染雀
笑福亭生喬
月亭遊方
本来は、遊方さんが後の出だったのですが、
生喬さんのほうが後の出になりました。
生喬さんの個性豊かなネタで大笑いです。
1:30~休憩④~
1:40「トドメに!目の覚める落語会」
桂三ノ助
姉様キングス
笑福亭福笑
姉様キングスは初めて見ました。
オールナイトらしく、繁昌亭では見られないようなネタもあり面白かったです。
2:30「年男年女1位を当ててはいけまテン!」
年女のあやめさんと年男の遊方さんの好きなものの1位を当てないとゆうゲームです。
あやめさんは、好きな動物。遊方さんは、好きな居酒屋の食べ物(天満界隈限定)です。
落語家さんのエピソードや気持ちをよう知っているなと思い、落語家さんの愛を感じるゲームでした。
この後は、お年玉プレゼントの抽選会がありました。
客の数は70人くらいでしたが、抽選会の前に帰ったかたも多かったです。
くじ運の悪い私は、いつものように何も当たりませんでした。
終演は3時50分でした。
この年になると徹夜はしんどいですが、とっても楽しかったです。
場所は、天神橋筋六丁目の「音太小屋」です。
私は、オールナイト落語会は初めての参加です。
桂あやめさんが、離婚をして年末を淋しく過ごすのがいやで始まった落語会だそうで、
今回で21回目になります。
私の前に座っていたカップルが、いちゃいちゃしていて舞台が見にくくて困りました。
男性が女性に、落語家さんがしゃべる前にネタを女性に説明するのも、どうかなと思いました。
私が、女性なら説明せんといてといいますけど・・・。
いちゃいちゃしたいなら、一番後ろの席に座ってほしいです。
進行は以下のとおりです。
20:00 オープニング
20:05「新作・改作ラクゴ!」
桂三金
旭堂南湖
林家和女30周年記念の歌「あんまりあなたが好きなので」(映像アリ)
林家花丸
桂三風
林家和女さんが可愛かったです。
~休憩①~
21:30「笑福亭三つ重ね」
笑福亭たま
笑福亭鶴笑
笑福亭松枝
松枝さんは、昨年も鶴笑のあとでとぼやいておられました。
~休憩②~
22:30「鹿芝居<芝浜>」
林家小染ほか
芝浜といえば、立川淡志さんです。
小染さんが、淡志さんの物まねをされていました。
22:50「はなしか紅白歌合戦!」
★AKB48、少女時代、アンジェラアキ、坂本冬美、タカラジェンヌ、
由紀さおり、美輪明宏、松田聖子などなど…
強烈な個性の紅白歌合戦です。
ほとんどが紅組の出演でしたが、最後に出てきた白組の歌が面白くて、
白組の優勝でした。
23:40「108つ!除夜の鐘小噺」
下ネタ連発の小噺で年末らしい?です。
108つの小噺を聴いて、飲み物が配られて、みんなでカウントダウンして、
あけましておめでと~!です。
0:00「カウントダウン」
~休憩③~
0:10「おめでた演芸タイム」
0:20「干支落語<たつ>
林家小染
林家染雀
笑福亭生喬
月亭遊方
本来は、遊方さんが後の出だったのですが、
生喬さんのほうが後の出になりました。
生喬さんの個性豊かなネタで大笑いです。
1:30~休憩④~
1:40「トドメに!目の覚める落語会」
桂三ノ助
姉様キングス
笑福亭福笑
姉様キングスは初めて見ました。
オールナイトらしく、繁昌亭では見られないようなネタもあり面白かったです。
2:30「年男年女1位を当ててはいけまテン!」
年女のあやめさんと年男の遊方さんの好きなものの1位を当てないとゆうゲームです。
あやめさんは、好きな動物。遊方さんは、好きな居酒屋の食べ物(天満界隈限定)です。
落語家さんのエピソードや気持ちをよう知っているなと思い、落語家さんの愛を感じるゲームでした。
この後は、お年玉プレゼントの抽選会がありました。
客の数は70人くらいでしたが、抽選会の前に帰ったかたも多かったです。
くじ運の悪い私は、いつものように何も当たりませんでした。
終演は3時50分でした。
この年になると徹夜はしんどいですが、とっても楽しかったです。
琵琶湖ぐるっと一周紅葉めぐり [国内旅行]
2011年11月23日(水)曇
バスツアーを利用して、琵琶湖へ紅葉狩りに行ってきました。
梅田で7時45分に集合です。私が申込んだツアーは、バスが3台でていて盛況です。今まで利用したバスツアーでは一番人数が多いです。
他のツアーも、仰山の人出でごった返しています。
難波始発でバスが来るのですが、出発予定の8時になってもバスはこず、出発したのは8時25分でした。添乗員からは、なぜ遅れたのかの説明もなく出発です。
出発が遅れたので、琵琶湖を左回りではなく、右回りで行くことになりました。
まずは、彦根城です。
時間が短いこともあり彦根城は見学せず、玄宮園を観光します。
玄宮園は大池泉回遊式の旧大名庭園です。

右手には臨池閣(りんちかく)左手には鳳翔台があり、奥には彦根城天守閣があって綺麗な風景です。鳳翔台は、彦根藩の賓客をもてなすための客殿で、趣のある建物です。
彦根城天守閣は、国宝四城のひとつです。
ちなみに後の三つは、兵庫県の姫路城、愛知県の犬山城、長野県の松本城です。

この辺りの紅葉は、色づき始めたくらいで、ちょっと時期が早かったです。
全面に紅葉していたら、さぞ綺麗やろなと思います。

二季咲桜です。
友好都市の水戸市から寄贈されたものです。冬(11月から1月)と春(4月から5月)の年2回開花します。まだ三分咲きくらいです。
12時前にバスに戻ってきましたが、1組のご夫婦が15分遅れて戻ってきましたが、みんなにすみませんの一言もありません。朝の出発が遅れているのに、さらに行程が遅れます。
時間がないせいか、バスの中でのお弁当です。
紅葉を見ながらビールを飲んでと考えていたので、ちょっと残念です。
次は、鶏足寺と石道寺です。

鶏足寺の入口です。
ツアー写真では道が紅葉で真っ赤になっていて、それを見て行きたいと思って今回申し込んだのですが、よう考えたら人が通るので道の紅葉は踏みつけられて跡形もありません。朝早くやったら、ツアー写真の風景に出会えるのかもしれません。この辺りは、ちょうど見頃です。
鶏足寺は、最澄が再興したと伝えられる己高山の主要真言宗寺院のひとつです。平安時代に山中に五ヶ寺を構え、湖北の比叡山ともいわれた己高山は、もと山岳信仰の修験道場で、
その1ヶ寺である飯福寺(今の鶏足寺)は、中世には僧兵を擁する程の大寺でした。
鶏足寺の国の重要文化財に指定されている諸仏は己高閣に納められていて、希望者はそちらの見学も出来ます。私は景色だけを楽しむことに。

石道寺(しゃくどうじ)です。
石道寺は、己高山麓にある真言宗豊山派の寺です。今年は寒くなって暑くなって寒くなってとゆう気候で、暑くなった時期がはさまったので色づきが悪くなったと添乗員さんが教えてくれました。天気は曇っていて、色づきがいまいちですが、それでも気持ちがいいです。

遊歩道の途中には、亀山の茶畑があります。
茶畑と紅葉のコントラストが綺麗です。ここで産出された茶は石田三成ゆかりの三献茶として市販されています。


集合場所の大日堂の辺りも綺麗に紅葉しています。
ここでもまた集合に15分遅れてやってくる人がいてました。
マナーが悪い人とにツアーは困りもんです。

奥琵琶湖パークウエィを走っての風景です。
バスで通るだけで下車はしません。映っている島は竹生島です。

マキノピックランドのメタセコイア並木です。
2.4kmにわたって500本のメタセコイアが植えられています。ここはまだ青々としています。
メタセコイアは中国原産、ひのき科メタセコイア属の落葉高木で、和名はアケボノスギです。樹高は35mに及びます。最大樹高が115mにも及ぶと云われるセコイアにその姿が似ていることから、メタ(変化した)セコイアと名付けられています。
最後の目的地日吉大社に向かいます。
朝の出発が遅れたのと2度の集合遅れとコースの変更のせいか渋滞に巻き込まれて、日吉大社に着いたのは予定より50分ほど遅れていました。
今回の添乗員さんは次の目的地までの目安時間をゆうてくれへんので、バスが停まった時にトイレ休憩するかどうかの判断がつきませんでした。ベテランの添乗員さんのようでしたが、残念です。

日吉大社です。
日吉大社は、およそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮です。18時を回っていて、あたりはとっぷりと暮れています。色づきはまだ始まったくらいです。

旧竹林院です。
竹林院は、延暦寺の僧侶が高齢となった後、山麓に賜った里坊の一つでした。
大阪には20時半に戻ってきました。
遅れによって時間がなかったせいか、一つ一つの滞在時間が短くて、ちょっと世話しなく感じました。曇っていて紅葉には早いところもありましたが、そこそこ楽しめた秋の一日でした。
バスツアーを利用して、琵琶湖へ紅葉狩りに行ってきました。
梅田で7時45分に集合です。私が申込んだツアーは、バスが3台でていて盛況です。今まで利用したバスツアーでは一番人数が多いです。
他のツアーも、仰山の人出でごった返しています。
難波始発でバスが来るのですが、出発予定の8時になってもバスはこず、出発したのは8時25分でした。添乗員からは、なぜ遅れたのかの説明もなく出発です。
出発が遅れたので、琵琶湖を左回りではなく、右回りで行くことになりました。
まずは、彦根城です。
時間が短いこともあり彦根城は見学せず、玄宮園を観光します。
玄宮園は大池泉回遊式の旧大名庭園です。

右手には臨池閣(りんちかく)左手には鳳翔台があり、奥には彦根城天守閣があって綺麗な風景です。鳳翔台は、彦根藩の賓客をもてなすための客殿で、趣のある建物です。
彦根城天守閣は、国宝四城のひとつです。
ちなみに後の三つは、兵庫県の姫路城、愛知県の犬山城、長野県の松本城です。

この辺りの紅葉は、色づき始めたくらいで、ちょっと時期が早かったです。
全面に紅葉していたら、さぞ綺麗やろなと思います。

二季咲桜です。
友好都市の水戸市から寄贈されたものです。冬(11月から1月)と春(4月から5月)の年2回開花します。まだ三分咲きくらいです。
12時前にバスに戻ってきましたが、1組のご夫婦が15分遅れて戻ってきましたが、みんなにすみませんの一言もありません。朝の出発が遅れているのに、さらに行程が遅れます。
時間がないせいか、バスの中でのお弁当です。
紅葉を見ながらビールを飲んでと考えていたので、ちょっと残念です。
次は、鶏足寺と石道寺です。

鶏足寺の入口です。
ツアー写真では道が紅葉で真っ赤になっていて、それを見て行きたいと思って今回申し込んだのですが、よう考えたら人が通るので道の紅葉は踏みつけられて跡形もありません。朝早くやったら、ツアー写真の風景に出会えるのかもしれません。この辺りは、ちょうど見頃です。
鶏足寺は、最澄が再興したと伝えられる己高山の主要真言宗寺院のひとつです。平安時代に山中に五ヶ寺を構え、湖北の比叡山ともいわれた己高山は、もと山岳信仰の修験道場で、
その1ヶ寺である飯福寺(今の鶏足寺)は、中世には僧兵を擁する程の大寺でした。
鶏足寺の国の重要文化財に指定されている諸仏は己高閣に納められていて、希望者はそちらの見学も出来ます。私は景色だけを楽しむことに。

石道寺(しゃくどうじ)です。
石道寺は、己高山麓にある真言宗豊山派の寺です。今年は寒くなって暑くなって寒くなってとゆう気候で、暑くなった時期がはさまったので色づきが悪くなったと添乗員さんが教えてくれました。天気は曇っていて、色づきがいまいちですが、それでも気持ちがいいです。

遊歩道の途中には、亀山の茶畑があります。
茶畑と紅葉のコントラストが綺麗です。ここで産出された茶は石田三成ゆかりの三献茶として市販されています。


集合場所の大日堂の辺りも綺麗に紅葉しています。
ここでもまた集合に15分遅れてやってくる人がいてました。
マナーが悪い人とにツアーは困りもんです。

奥琵琶湖パークウエィを走っての風景です。
バスで通るだけで下車はしません。映っている島は竹生島です。

マキノピックランドのメタセコイア並木です。
2.4kmにわたって500本のメタセコイアが植えられています。ここはまだ青々としています。
メタセコイアは中国原産、ひのき科メタセコイア属の落葉高木で、和名はアケボノスギです。樹高は35mに及びます。最大樹高が115mにも及ぶと云われるセコイアにその姿が似ていることから、メタ(変化した)セコイアと名付けられています。
最後の目的地日吉大社に向かいます。
朝の出発が遅れたのと2度の集合遅れとコースの変更のせいか渋滞に巻き込まれて、日吉大社に着いたのは予定より50分ほど遅れていました。
今回の添乗員さんは次の目的地までの目安時間をゆうてくれへんので、バスが停まった時にトイレ休憩するかどうかの判断がつきませんでした。ベテランの添乗員さんのようでしたが、残念です。

日吉大社です。
日吉大社は、およそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮です。18時を回っていて、あたりはとっぷりと暮れています。色づきはまだ始まったくらいです。

旧竹林院です。
竹林院は、延暦寺の僧侶が高齢となった後、山麓に賜った里坊の一つでした。
大阪には20時半に戻ってきました。
遅れによって時間がなかったせいか、一つ一つの滞在時間が短くて、ちょっと世話しなく感じました。曇っていて紅葉には早いところもありましたが、そこそこ楽しめた秋の一日でした。
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